研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。

この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『歇氏眼科学』(ヘーシング眼科学) です。


 『歇氏眼科学』(ヘーシング眼科学)

  『歇氏眼科学』はヘーシング氏(F.Hersing)著の“Compendium der Augenheil Kunde”を甲野棐氏が訳したもので、“歇氏"はヘーシング氏の漢字当て字の頭文字をとって書名としたものと思われる。ヘーシング氏のこの眼科書は明治10年前後に東京大学医学部で行われたシュルツェ氏(Wilhelm schultze)の講義の台本であったといわれている。

 本書の訳者、甲野棐氏は安政2年(1855)4月5日の生れで、明治6年(1873)、第一大学区医学校へ入り、同14年(1881)に東京大学全科を卒え、同16年(1883)8月、東京大学助教授となり、眼科主任教授スクリバ氏(Julius Scriba、1849~1905)、眼科教授梅錦之丞氏(1858~1886)等を補助した。本書の出版は明治19年(1886)であるが、その訳出は甲野棐氏が助教授になった明治16年から同18年にかけてのことと推測される。

 本書は全1冊、497頁(21×15 cm)、活版刷、毎頁14行、片仮名交り、洋装綴で、挿図37、附表にスネルレン氏試視力表、眼底図等を備えたもので、翻訳人甲野棐、出版人長谷川泰、発兌、行餘堂蔵版島村利助、丸屋善七、印刷薬研堀活版所によって明治19年5月に初版、同24年(1891)第2版がそれぞれ出版された。本書は全体を26章に分け、病症名を挙げ、その解剖要領、療法等について述べている。各章の項目はおよそ以下のようになっている。

歇氏眼科学

医科大学助教授医学士 甲野棐訳

第1章 総論
屈折機及調節機異常
第2章 近視眼
第3章 遠視眼
第4章 乱視眼
第5章 不同視眼
第6章 調節機異常
眼球諸病
第7章 角膜
第8章 虹彩
第9章 脈絡膜
第10章 毛様体
第11章 水晶体
第12章 硝子体第13章 網膜
第14章 視神経
第15章 弱視及黒内障
第16章 鞏膜
第17章 眼内圧の障害
眼之運動機障害
第18章 眼筋麻痺
第19章 内直筋作用不全
第20章 斜視
第21章 眼球振盪症
眼周囲部之病
第22章 結膜
第23章 眼瞼
第24章 涙器
第25章 眼窩
第26章 眼病及全身病
附録 塩酸コカィン、眼病及盲目表等

 本書はこのように内容を26章に分けているが、他の眼科書と異なっている点は目次に各章をさらに細分化して、疾病項目を列挙していることである。例えば第11章、水晶体については以下の項目が挙げられ、詳述されている。水晶体解剖要領、水晶体年齢的変化、假
性水晶嚢白内障、前極白内障、後極白内障、水晶嚢損傷、水晶嚢炎、紡錘状白内障、斑點状白内障、星状白内障、層状白内障、全部先天性白内障、水晶体軟化、乳様白内障、膜様白内障、虹彩震盪症、核白内障、蜜尿性白内障、老人性白内障、モルガニー氏白内障、績発白内障、外傷性白内障、水晶体脱位、浮游性白内障、白内障手術、白内障手術歴史、白内障撥下法、白内障切開法、白内障線状摘出法、辮状切法、周辺線状摘出法、水晶体缺亡症

 このように本書は、明治10年代に次々と泰西諸大家の成書が翻訳あるいは纂著される中でも初期のもので、19世紀後半の西欧眼科をわが国へ導入する主力をなした翻訳眼科書のひとつである。

 

 

●主な参考文献
中泉行徳:   東京帝国大学医科大学眼科教室病室略史.日眼17、159、東京、1913
小川剣三郎:  須田哲造先生伝.実眼5年30号、199、東京、1922
日本眼科学会: 甲野棐伝.日眼36(下)、1570、東京、1932
小口忠太:   甲野棐先生を憶ふ.日眼37附2、東京、1933

 

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図1 『歇氏眼科学』 表紙

 

 



図2 図1と同書 巻頭

 

図3 甲野棐 眼科学講義筆記

 


図4 図3と同書


 

1989年2月 (中泉・中泉・齋藤)