研医会通信  144号 

 2017.6.16
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研医会図書館は近現代の眼科医書と東洋医学の古医書を所蔵する図書館です。
この研医会通信では、当館所蔵の古医書をご紹介いたします。

今回は 『フックス氏眼科全書 』です。

『フックス氏眼科全書 』    

 フックス氏眼科全書

  本書はオーストリア国。ウィーン大学眼科教授、エルンスト・フックス博士(Dr.Ernst Fuchs、1851~1930)が著した眼科学講本(Lehrbuch der Augenheilkunde)の第3版(1893)を井上達七郎(遠州坪井の人、本姓中山栄太郎、井上達也、甘泉に師事、その養子となり、達七郎と改む、1869~1902)氏、諸角芳三郎(山梨の人、井上達也門人、千葉医学校卒、 1865~1930)氏が共訳したもので、明治27年(1894)より翌28年(1895)にかけて朝香書店から発行された。 

 フックス氏は1851年6月14日にウィーンに生れ、同地のウィーン大学を卒業し、眼科をアルト(Arlt)の下に助手として修業し、後に母校のウィーン大学眼科教授となった。彼の名は早くより眼科医界に轟き、(わが国へも大正11年(1922)9月に単独訪問している) 氏の原著 (Lehrbuch der Augenheilkunde)は1889年が初版である。その所説は斬新で精確にして、図画は原著者が最も重視し、 ことに顕微鏡標本の類は悉く実験によって得られたもので、助手のドクトル・ザルツマン(Maximilian Salzmann、)氏と彫刻家マトロニー氏との協力によって成っているといわれ、欧州各国の医学者等において厚く歓迎され、原著は英、佛、露、伊等各国語に訳された。 ドイツ語版は1926年に15版がライプチッヒ(Leipzig)から出版されている。

  本書は全6巻、1504頁におよぶ大著であるがその概要を巻別に抄記すると以下の通りである。 

 

フックス氏眼科全書

巻I 第I編 総論

    第1章 他覚的検査

    第2章 官能検査

第Ⅱ編 各論

    第1章 結膜諸病

巻Ⅱ  第2章 角膜諸病 

       第3章 撃膜諸病

巻Ⅲ  第4章 葡萄膜ノ解剖及生理 眼ロノ発育

       第5章 虹彩毛様体諸病

       第6章 脈絡膜諸病

       第7章 緑内障

巻Ⅳ 第8章 水晶体諸病

       第9章 硝子体諸病

      第10章 網膜諸病

      第11章 視瞼諸病

巻V   第12章 眼瞼諸病

      第13章 涙器諸病

      第14章 眼球ノ運動障害

      第15章 眼窩諸病

巻VI

  第Ⅲ編 屈折機及調節機異常

      第1章 眼鏡論

      第2章 常眼ノ視学的性質

      第3章 近視

      第4章 遠視

      第5章 乱視

      第6章 調節機異常

 第Ⅳ編 手術論

      第1章 一般ノ注意

      第2章 眼球副器手術 

 

 このように本書は第I編の総論において一般検査法、検眼鏡用法等を詳述し、第Ⅱ編に各論を載せ、解剖的要訣、生理的発育症候、経過、原因、予後、療法等より学理実験、諸家新説等を論載し、第Ⅲ編に屈折機及調節機異常を論じ、そして第Ⅳ編の手術論にて終って いる。特に訳者の実験に係る本邦人個有の眼科的要項及び最近の新説を上欄に【補】印にて掲出して考査の一助に供し、 また、病理解剖など必要性の少ないものは細字を用いるなど、文字を細大に分け、初学の徒にも学理の軽重を知らせ、暗記、講習に便利なようにして、一言半句も省略することなく懇切丁寧に訳述し、学生の教程に適するのは勿論のこと、実地専門家にもよき参考書となるような翻訳書であると高く評価されている。堤友久(1873~1931)氏は「エルンスト・フックス教授ヲ追憶シテ」と題する文の中で次の如く述べて いる。「… フックス氏ノ高名ハ固ヨリ永年二亘ル眼科的研究ノ貢献ニヨルケレドモ、氏ノ眼科学教科書モ其ノ名ヲナシターツデアラウ。中略…… 日本デハシュミット・リンプレル、 フォスシュース等ノ『眼科学』ニ次デ重宝視セラレタモノデアル。其ノ当時井上達七郎及 ビ諸角芳二郎両氏カラ『弗克斯氏眼科全書』トシテ訳セラン、非常二眼科界二好評ヲ博シテ忽チ数版ヲ重ネラレタト思ウ」 

 本書は斯様に明治20年代に翻訳された多くの眼科書の中、代表的眼科教科書の一つに挙げられ、その改訂(第2版)は原書第7版(1898)を用いて行われ、明治32年(1899)に朝香書店より発行された。翻訳に用いられた原書の第3版と第7版との差は「此第七版 ヲ以テ之ヲ前訳ノ第二版二比スルニ改竄セランタルモノ、増補セラレタルモノ頗ル多ク…」 と改訂第2版の序に述べられている如く、相当の書き直しが認められ、訳本の改訂2版においては挿図等も原書に遜色ないような精巧な図が多数採り入れられた。 

 斯様に本書はその特色とする所、新説を上欄に掲出し、 文字を細大に分け専門と普通 とを区別して講習に便利なようにし、かつ、全身病あるいは各器臓と眼病の関係を知るため、 その疾病の名称を掲げて、これに起因する眼病を捜索するに便利な索引を設けた現代的 眼科書であるといえる。本書の出現は明治中期以降の眼科学研究者にとって大きな裨益となったものと思われる。

 

 

主な参考文献

井上達也先生伝  井上眼科研究会報告No 15-16 東京、1895

井上達也先生伝  井上眼科研究会報告No 21東京、1903

河本重次郎:  フッキス先生来訪  日眼27. 297、 東京、 1923

堤 友久: エルシスト・フックス教授ヲ追憶シテ(二)日 眼35. 1931

小口忠太:フックス氏及アクセンフェルド氏の来朝 (日本 眼科50年略史Ⅱ)綜眼39、230、東京、1944

福島義・山賀勇:  日本眼科全書 1 眼科史300、金原出 版、東京、1954

守山安夫:   わが銀海のパイオニア 45  千寿製薬大阪、1973

井上治郎:   井上眼科病院百年史 85 井上眼科病院 東京、 1983

 

 

 

 

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図1   Lehrbuch der Augenheilkunde  第15版(1926)Leipzig

 

図2   Lehrbuch der Augenheilkunde  第15版 のフックス(弗克斯)先生肖像 Dr. Ernst Fuchs

 

図3  同書の扉

 


 

図4 弗克斯氏眼科全書表紙 (改訂二版)

 

図5 弗克斯氏眼科全書  巻之一表紙 (改訂二版)

 

図6  図5同書 巻頭部分

 

 

図7  フックス氏 眼科全書 上下巻(明治28年)


 

中泉、中泉、斎藤 1990